社交不安障害ひきこもりのさんぽ道

長期ひきこもりのブログ。2017年から精神科に通院中。

状態が悪化してカウンセリングをやめました。


通院している病院で受けていたカウンセリングをやめました。

カウンセリングをやめた主な理由は、状態の悪さ、私自身のコミュニケーション能力の低さ、意欲の低さなど、カウンセリングを受けるだけの能力が無いということがありました 。
他にカウンセリングやカウンセラーについても不快感というか、相性の悪さを感じたといったこともありました。


私は元々、何に対しても興味や関心が薄く、自分の考えをきちんと主張することができないタイプな上に、思っていることを言葉にすることが苦手で、何となく、「そうかも」「そうじゃないかも」くらいに答えることは出来ても、明確に私はこうだ、それについてはこうだからこう考えるみたいには答えられない、なんとなくしか言葉を返すことが出来ない状態でした。


私は自分から話をするタイプではないのでカウンセリングでは質問されることが多く、私が答えたことに対して、じゃあどうしてそう思うのか?それはどうして?じゃあどういうつもりなのかと矢継ぎ早に質問攻めをされるのですが、きちんと答えていくことができないので、結局答えられなくなって沈黙してしまうこともありました。
加えて集中力が低く頭が回らない、話の内容が頭に入らない症状があるため、話している最中でも話の流れや話の内容が分からなくなることもあり、そういったことでも沈黙して しまうことがありました。
また、私は人が苦手で緊張というかカウンセリングという特殊な状況の中、萎縮した状態なので、普段以上に頭が真っ白になって頭から取り出せない、何も分からなくなるということがあったように思います。


臨床心理士は基本的に相手が話し出すまでは何もせず待つ、というスタンスだと思われるのですが、私も待たれても答えられない状態になっているので、5分位黙ってしまったり、1回のカウンセリングで何度も黙ってしまうこともありました。

私が話せなくなって黙り込むとカウンセラーに声に出して笑われたり、背もたれに体を預け始めるということもありました。
黙っていては社会に出てもやっていけないと指摘されるのですが、何とか話さないといけないと思うも話せない状態。

何か言わないといけないと思いつつも、まともな受け答えをすることが出来ない。
自身の状態を自覚して自信喪失していったということがありました。


カウンセリングでは考え方がとか物の見方についてということをやっていたと思うのですが、元々、頭がまわらず話をしても本を読んでも内容が理解できない、思考を整理できないという症状があるので、そのような状態でカウンセリングを行うのは厳しかったですし、今後やっていけるのだろうかという不安も強くありました。
カウンセリングやカウンセラー自体への不快感等もあってカウンセリングに対してそれほど積極的ではなく、嫌だとかもうやめたいという気持ちが強くありました。
そう思いつつも、面と向かってやめたいと伝えることが出来ない。

 

そのような状態だったため、カウンセリングから帰ってくるたびに思い返して悩んで、毎日カウンセリングを受けているような感覚になっていました。
元々趣味や楽しみがあって生きているというわけではないので、一日中そのことばかりを考えている日も少なくありませんでした。病院やカウンセリングのことを考えない日はなく、きちんと休んでいる感覚が無く疲弊している感覚。毎日のように不眠症で病院やカウンセリングが思考のウエイトを占めて余裕をなくし、他の事を考える気力もなくなっていきました。


そして、詳しい原因は分かりませんが、通院前よりも思考の重さや体調の悪化を感じていきました。
元々あった症状についても薬を飲んで治療をしても改善している感覚がないということも今後の不安や自信喪失につながったということもありました。
そのような意欲を出すことが難しくなったことも継続することができないと判断した理由でもあります。


いつも通り予約を入れて次回以降もカウンセリングを受けようとしていたのですが、自分が一体何をしているのか分からなくなってある日突然糸が切れ、カウンセリングをやめることを決めました。

 

カウンセリングが苦手

カウンセリングが苦手だったり合わないと感じる部分もありました。

カウンセリングでは色々話をすることになるのですが、私は人嫌いな面があるので、自分の過去を他人に話したり過去のことを色々言われるという事は嬉しいものではなく、不快感が強くありました。
カウンセリングを受けるようになって数ヶ月経っても過去の学校の話をすることもあって、もうやめて欲しいと感じることもありました。

話したのは私ではあるのですが、相手にこちらのことを一方的に把握され、過去や家族、自分の考えを話さなければならないというのは裸にされて檻の中に入れられているような実験動物のような感覚でした。私の性格的に合わなかったということがあったと思います。


また、話をしていてカウンセラーは心理的観点へのこだわりが強く、時折言っていることに違和感を感じることがありました。
もう少しきちんとしたカウンセラーに言われるのであれば、考え方の一つとして捉えてみようという風になると思うのですが、カウンセリングに積極的といえる状態ではなく、不快に感じている相手に言われた場合、どこか占いや何かの商法の勧誘を見ているような感覚になりました。

 

そして、カウンセラーとの間にズレがあったように思います。
カウンセラーの方はやる気があってあれこれやっている感じだったのですが、私の方はやる気があるわけではなく、社会に出て頑張るということを考えられる状態ではありませんでしたし、生きていくということも考えていない状態でした。
精神科でもう少し状態が良くなればという考えはあったものの、生きる気力も無い状態なので、一方的にやる気を出されて色々言われても戸惑うことがありました。
私の背中を押して手伝いをしてくれようとしているのは分かるのですが、その先にあるのは道ではなく崖というか、そもそもうつ病の患者というものはそんなにも元気なものなのだろうかというか、カウンセリングを受けながらそのような違和感を感じていました。
自分の状態を上手に伝えることができない私が悪いのですが。


カウンセラーと話をしていて、何となく状態が悪い人が行く場所ではなくて、どう治療していくか、治療してどうするか明確な目標を持っている人、それを考える人、前向きな人のための場所、という感覚がありました。

 

 苦手なカウンセラー

担当してもらっているカウンセラーについても口調や言動から不快感を感じてしまい苦手意識がありました。

初回の時からこの人ではなく主治医や事務員さんにカウンセリングを担当してもらえたら良いのに、ということを受けながら考えていました。
カウンセリング自体は真面目にやってくれているとは思うのですが、人間としてどうかと感じることがあり、気分の悪さが強くありました。カウンセラーも人間だからどうしても相性があるということを感じました。

そのようなことを思いつつも、面と向かって担当を変えて欲しいとは言えませんし、変えたら変えたでまた一から自分のことを話さないといけませんし、変更した相手が今以上に苦手なタイプだったらどうしよう、ということを考えてしまい、結局言い出すことは出来ず。その後も何ヶ月間か受けたのですが、カウンセラーに対する不快感が消えることはありませんでした。
ストレスを抱えた状態でカウンセリングを続けたことも心理的な治療を行う上で良くなかったように思います。

 

やめることになって

やめるにあたりカウンセラー対してやめるということを伝えるわけですが
私の予定ではその日はやめることを伝えて一言二言話して切り上げるくらいに思っていたのですが、色々質問をされることになり、結局時間いっぱいカウンセリングを受けることになりました。

その際話したのは、カウンセリングをやめる理由、やめることを伝えたら私からどういう反応が返ってくると思ったか。
やめるという意思表示ができたことは良いことなど。
また、1ヶ月に1回程度でも良い、ペースを減らしてでもカウンセリングに来るべきといったことを最後の最後まで言われていました。

 

 

カウンセリングを受けてみて

実際に受けてみて能力的にも精神的にも十分な土台が必要であるというのがカウンセリングの感想です。
私のようなコミュニケーション能力的にも精神的にも問題を抱えている人間には厳しかった感じでした。
受けた限りでは一般人に近い方や意欲的で元気な方には良いと思われますが、万人向けとは言い難く、無闇に受けたり勧めるようなものでは無い印象です。

 

私の場合、精神科に初めて訪れた日にカウンセリングを提案され、断るということが出来ず、よく分からないまま受けることになったという状況だったので正直きつかったです。
精神的に安定しているか薬が効いているのか等、しばらく様子を様子を見てからカウンセリングを提案してくれても良かったのではないかということを感じました。
ノーと言えない私が悪いのですが。

とはいえ、場合によりカウンセリングは味方や精神的な支えができることに繋がることも考えられ、治療以外の面でも様々なメリットがあると思われますので、話相手が欲しい場合や積極的に受けたいと考えている場合は良いかもしれません。

 

相性については、本当に人間性は人それぞれ。
カウンセリングは話や考え方に関することですから、不快に感じる相手と信頼できる相手では同じ内容の治療を行っても効果が異なるように思います。
悪化してしまえば立ち直れなくなったり、他のことに割く気力を失ってしまうことも考えられます。この人はちょっと……と感じるようであれば無理しない方が良いということを感じました。

 

それから、ひきこもりであるが故に、カウンセリングの予約時間が決まっているということが大変でした。
決まった日、決まった時間通りに行く必要があるということは体調が悪い人間には大変なことであり、天気の悪い日や特に体調が悪い日は親に送ってもらうこともありました。
元々、現在の病院を選んだ理由の一つが予約不要で都合が良い時に自由に病院に訪れることが出来るということだったのですが、初診時にカウンセリングを受けることになり、早速目論見が崩れ去ることに。
定期的に決まった時間に外出する練習という意味では良いことではあるのですが。


私の場合、カウンセリングにより余計に人が苦手になったということがあり、状態も受けるたびに悪化して他の事に向ける意欲も低下してしまったところがあるので
絶対に受けたほうが良いと言えるものではないということを感じましたし、嫌な場合は無理に続けない方が良いように思いました。
カウンセリングが困難だと思う場合は書籍等で認知療法について学ぶという方法もありなのではないかと思います。

ひきこもり的にはオンラインカウンセリングとか電話カウンセリングとか文章によるカウンセリングとか自分に合う相手が選べて対人恐怖症や外出困難でも利用できる方法がもっと普及してくれると良いのですが。